10年間嵐ファンだった私が語る嵐との思い出【10,000字】

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2019年1月27日

嵐が活動休止宣言をしました

Twitterで回ってきた時は「何かのドッキリ番組が行われたんだろうな」って本気にしていませんでした

なまっちゃ
またデマ情報流してるよ〜よくないよな〜

…と

でも時間が経つにつれて、様々なメディアが嵐の活動休止について記事を出し始めたのです

そのときに、「あ、これは現実なんだな…嘘じゃなかったんだ」と実感しました

私は嵐のことを本格的に好きになったのは2008年

大野くんが魔王の主役をやったときです

それから10年以上が経ち…私は嵐のことがずっとずっと好きでした

今回は、せっかく良い機会をもらったので、嵐との思い出について書き残しておこうかなと思います

なまっちゃ
ただの日記…

嵐を好きになった瞬間(2008/07)

私が嵐の存在を知ったのは、2005年の10月から始まった松潤が主役の「花より男子」でした

すごいオラオラな男性でギラギラしてるなーとドラマを見ながら思っていたものの、全くファンにはならず、普通にストーリーを楽しんでいました

このころ、私は小学6年生でまわりにちらほら嵐ファンはいたものの、全く興味がなかったんです

転機が訪れたのは、それから3年後

2008年7月4日から始まった大野智(大野くん)主演『魔王』

このドラマが私を変える大きなきっかけになりました

当時ジャニーズの存在はあまり知らなかったものの、ドラマ大好きっ子でした

ドラマ好きの友達が一緒にいて、毎日のようにドラマを見ては感想を翌日の朝礼までの時間に言い合うってことをしていたんです

そんな時に、その子が「魔王の成瀬さん(大野くん)が撮影で近くにきてるよ!きて!!」って連絡をくれたんです

わたしは「え!!!みたい!」と直感的に思って、家でお菓子を食べながら録画した深夜ドラマを見るのを止めて、現場へ向かいました

撮影現場の近くにいくと、人混みがいてそこをかき分けて前の方へ行きました

そして、そこにいたのが…

成瀬領役を演じていた大野くんがいたんです

あの時の衝撃はいまでも忘れられません

ちょうど撮影の合間の休憩時間だったんですが、暑い夏でちょっと疲れた様子を見せながらも休んでいた大野くん

テレビで見ているよりもずっと細くて小顔で…キリッとした目鼻に、ちょっとミステリアスな雰囲気

バラエティで見ていたほんわか眠そうな大野くんとは全くちがって、キリッと成瀬領の顔をしていた大野くん

大野担(大野くんのファンのことをいう)だったら、この2008年の成瀬領の時のビジュアルは最高に近いくらいかっこいいのはわかるはず

そんな大野くんを生で見てしまった私は、まさにギャップ萌えといわんばかりにキュンと来てしまったんです…

わたしは中高女子校だったので、男性っていうと芸能人か学校のおじいちゃん先生しかインプットの中にありませんでした

そんなわたしが、リアルな生身の大野くんを見て、新しいタイプの男性だ!!!ってことに衝撃を受けてしまっていたのです

(今考えればやばい…ww)

これが、「大野くん好き」となった最初のきっかけです

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嵐にどんどん溺れていく(2008/08)

生の大野くんを見た次の日

もう私はパニックでパニックで、朝友達に会った瞬間に興奮気味で話していたのを覚えています

テレビとは全く印象がちがったこと、思ったよりも細かったこと、透き通るような声をしていたこと

そんな話を朝からずっとしていたときに「すっかり大野くんのファンだね」と言われました

そのときにはっとしたんです

「私、大野くんのファンになったんだ」

今まで、モーニング娘。や天才てれびくんなどテレビ上で歌ったり踊ったりしている人が好きでよく見ていたことがあっても、ここまで「好き」という感情が芽生えたのは初めてのことでした

「ファン」ということを認識してからは、どんどん沼にはまっていくように嵐漬けになっていきました

魔王の主題歌であったTruthから入り、TSUTAYAで嵐のアルバムやシングル曲を全て借りて、iPodに入れて朝から晩まで学校以外の時間はずっと聞いてました

また、夜寝るまでの時間は、ブルーライトも気にせずYoutubeをあさってバラエティー番組を見て、当時掲載されていた雑誌を全て買って読み漁っていました

わたしは一度ハマると全てを知りたくなってしまう性格で、その性格が激しく出てしまっていたのです

8/30-31に、嵐は24時間テレビ「愛は地球を救う」のメインパーソナリティを務めました

わたしの家族はこういった類は見ない人たちだったのですが、今回だけは見させてとお願いし、18時くらいからテレビの独占権をもらいました

普段22時には寝るわたしでしたが、24時間テレビは「夜中嵐が頑張っているのにねれない」ってことで朝5時まで起きていました

ほんとうにおバカ…笑

そのあと2時間くらい仮眠をとって、夜までずーっと家で見ていたんです

松潤の『みゅうの足(あんよ)、パパにあげる』で号泣し、メンバーのそれぞれの企画で号泣し

24時間経つ頃には、目は腫れてるし、鼻かみすぎて痛いしで散々でした

それでも、嵐がテレビに映っているところを見たかったんです

中学2年生の夏休みは、嵐のおかげ(せい?)であっという間に終わりました

嵐のドラマ祭り!!!(2008/10~)

花男、魔王…あたりから、嵐のドラマリレーが始まります

  1. 流星の絆(ニノ)
  2. 歌のおにいさん(大野くん)
  3. DOOR TO DOOR(ニノ)
  4. スマイル(松潤)
  5. ザ・クイズショウ(翔くん)
  6. マイガール(相葉ちゃん)
  7. 0号室の客(大野くん)
  8. 特上カバチ!!(翔くん)
  9. 怪物くん(大野くん)
  10. 夏の恋は虹色に輝く(松潤)
  11. フリーター、家を買う。(ニノ)
  12. バーテンダー(相葉ちゃん)

いや…本当にすごかったし、ファンとしては大変

テレビはブラック企業ばりに、朝の予告録画から夜のドラマ録画まで働いてくれていました

雑誌もいたるところに嵐が出ていたので、お小遣いを前借りして買いまくっては切り抜いてファイルに保存していました

その切り抜きファイルは、実家に積み重なってお母さんが「捨てたくてしょうがない」といつも愚痴を言われます笑

国民的アイドルに登りつめた嵐(2019/01)

2008年の花男2が始まったあたりから、ドラマリレーが始まり…

レギュラー番組・特別番組・ニュース番組

嵐を見ない日はないってくらい、嵐を毎日のように見ることができました

学校も、まさに嵐フィーバーでした

 

クラスの女の子の8割は嵐ファンで、毎日嵐の話をしていました

「ねー昨日のあの番組見た?大野くんめっちゃかわいくなかった!?」

「あれやばいよね!もうあれ見たから頑張れる」

あの頃の嵐は、JKにとっての生きる活力になっていたんです

 

大野担である私からすると、2008〜2009にかけては大野くんは俳優の道を切り拓いた年でもあります

魔王で連続ドラマ初主演

冷酷でミステリアスなキャラクターでありながら、過去の悲しみを背後に忍ばせる迫真の演技で、嵐ファンではない人たちも魅了されていました

そのあと「歌のおにいさん」では、まったくキャラクターが反対のドジで明るい矢野健太を主演でつとめました

わたしは成瀬さんの方がビジュアル的にも性格的にも好きなのですが、この2つを演じきったと思うと役に入り込んでなりきる力は抜群だったと思います

演技派俳優大野智になった瞬間でした

 

個人的な見解ですが、このころから嵐はスーパースター・いわゆる国民的アイドルになっていき、大野くんがこの前記者会見で言っていた「自由な時間」が奪われて言ったのではないかなと思っています

週刊誌に撮られるなんてことしたら何万人ものファンが悲しみ、批判が起きます

プライベートで翔くんが冷たい態度をファンにとったという噂が流れただけで、SNSはそれでもちきりでした

常に見られているプレッシャーがあるため、プライベートでも嵐の大野智を演じ続けなければならなかったのではないかと思います

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国立競技場で嵐を見て涙が止まらなかった(2009/08)

この年は、嵐が結成して10周年

わたしは、ファンでもない家族を無理やり引き連れて、国立競技場で行われた「ARASHI Anniversary Tour 5×10」に参戦しました

人なのかわからなくらい小さい集合体が、国立競技場全体を埋め尽くして、今まで見たことない数にお母さんも唖然

私は2回目の参戦(コンサートに参加すること、なぜ戦う漢字をいれたのかは不明)なのですが、前回は東京ドームだったため、広さの違いに胸が高鳴りました

 

「嵐ファンって、こんなにいたんだ…」

クリスマスとかになって街を歩いていると「世の中にこんなにカップルいたんだ」って思うことがあるんですけど、まさにそんな感じ…

国民的アイドルとはいえ、画面上でしか普段見ていなかったので、改めて国立競技場にファンが埋まっている様子をみて鳥肌が立ちました

 

そして、コンサート前の嵐コール

あーらーし、あーらーし

こだまでしょうか?っていうくらい声が跳ね返ってきていて、やっと生の嵐を見れるって思うだけで涙が止まららなくて…

いよいよ登場してきたとき、爆音が鳴り響き5人の姿が見えました

 

はい、号泣

嵐を見に来たのに嵐が見えなくなるくらい泣きました

テレビで来る日も来る日も見て来た人たちが、今自分の目の前にいるっていう感動を味わったことがありますか?

長年会えなかった恋人に会えたような気分…

本当に存在たんだっていう安心感と感動が入り乱れる感情で、オープニングからずっと涙ぐんでいた記憶があります

お母さんには終始笑われていました

わたしを笑っていたものの、お母さんはコンサートに行ってからすっかりニノのファンになっていました笑

嵐のコンサートで松潤が「ここにいるXX万人、幸せにしてやるよー」って毎回叫ぶのですが、本当にその通りになっているんです

国立競技場にいる数万人のファンが嵐のコンサートの後は幸せになってる

そして、ファンじゃない人もファンになってしまっている

それは演出がすごいのはもちろんなんですが、どの席でも嵐のことをしっかり見れてコミュニケーションが取れているように感じさせてくれるからなんです

見たことある人はわかるかもしれませんが、コンサートのときに観客の上をゆっくりと動くステージあるじゃないですか

あれ、松潤が考案したことなんです

前でずっと踊っているだけだと、円状になっている反対側の方は、リアル米粒の大きさしか見えません

でも動くステージでその方向まで来てくれると、嵐が手のひらサイズになるんです

お米から手のひらサイズへの変化っファンにとってはすごい大きい!!!

あとは宙づりになって来てくれたり、ワゴンステージにのって、会場のふちのほうまで来てくれたり…
(詳しくはDVDを見てください!)

どこまでのファンのことを考えてコンサートが作られているんです

そりゃ、ジャニーズに興味ないお母さんもファンになります

(ちなみにニノは手を振ってくれたからすきになったそうです笑 ファンが誰しも勘違いする「目があった」理論ですね)

コンサートが終わってからも、なんか気持ちがふわふわしていて方針状態でした

コンサートのセットリストをiTuneのリストで作成して、朝通学中に脳内であの風景を思い出しながら流すんです

3日くらい地に足がつかず、授業中も頭の中は嵐、嵐…

嵐コンサートによる幸せの副作用はそれはそれは長引きました

ニノの演技力に魅了された1年(2010/10~)

2008年に魔王のときの大野くんに出会ってから、ずーっと大野担だったんですが、この年はニノの好感度が急上昇した年でした

この年は、ニノが主演で

  1. 大奥
  2. フリーター、家を買う。

を務め、両方とも大ヒットしました

大奥では柴咲コウとその時代の様子を迫真の演技で、多くのニノ担のハートを射抜いてました

実際、私もこれまでバラエティのニノしか見ていなかったため、ツッコミでちょっとナルシストなキャラの方が印象が強かったんです

でも、大奥を映画館で改めて見て、違和感なく吸い込まれるような演技で、あっという間にエンディングを終えてしまったのを覚えています

こんなにうまかったんだ…

と、上からですが見直してしまったんですよね…うますぎる

大奥でのニノが演じていた水野役が大好きで、2回観ました

「カメラを触るな!」みたいに2回観ることを世間で言われてはいなかったんですが、これは2回観たい!ってなってしまって…

パンフレットも買ったし、大奥で特集されている雑誌も買ってました

それくらい、ニノのあの演技にハマってしまいました

そのあとにテレビドラマ「フリーター、家を買う。」が始まります

さまざまな社会問題を扱ったヒューマンドラマでニノは、メインとなる家族の息子役

フリーターになって家族から白い目で見られながらも、家族のことを想う演技は、毎話泣かされました

21時50分なるとお母さんと妹と3人でテレビの前で座って、全力待機

1時間集中して観て感想を言い合うっていうのが、家族の習慣になっていました

「お母さんがうつ病になったら看病してくれる??」

「えーめんどくさー」

って反抗期だったので言ってました

ひどいですね笑

でも、反抗期でありながらこうやって喋る機会をくれたのは嵐の存在があったからでした

テレビ番組とかイベントがあると感想を誰かに言いたくて、お母さんや妹に話していました

嵐がいなかったら、家族とのコミュニケーションを全くとらなかったかもしれません

話が逸れましたが…「大奥」「フリーター、家を買う。」と人間関係のリアルを2作続けて難しい役を演じているニノを見て、純粋に「すごー」ってなったんですよね

このときから

大野担だけではなく大宮(大野と二宮を略したもの)担になっていきました

受験の息抜きが嵐だった(2011/04~)

高校生になり、進路や大学受験を考える年になっていました

そのころは、ただ漠然と「数学好きだなー」って思っていたし、先生も好きな人ばかりだったので、理系の道へ進むことに

「トップになりたい」っていう最上志向が働き、目指すところは国公立でした

周りがエスカレーター式で大学に行ける中で受験を選んだ自分

時に友達が羨ましくなる時もあって、辛いときも多くありました

そんなときに支えてくれたのが、嵐でした

  1. Troublemaker
  2. To be free
  3. Love Rainbow
  4. 果てない空

など、このころは嵐ファンじゃなくても知っているのではないかというくらい馴染みやすく明るい歌を出し続けていました

わたしはこの曲を勉強の息抜きでずっと聞いていたのです

「特上カバチ!」の主題歌だったTroublemakerの歌詞は、特に元気がない時の私を必死に励ましてくれました

色とりどりのマスク被って 偽りのキャラを演じきって
僕はひと口果実かじって 悪くないってかいいんじゃない?!
TV/RADIOのノイズ破って 君の笑顔やけにまぶしくて
悩みの種はどこかへ飛んだ あっけらかんでいいんじゃない?

出展:Troublemaker/作詞:H.Suzuki/作曲:Masashi Otsuki

本当は遊んでる友達がうらやましいし、そんな中塾に行って伸びない成績を見て悩んで泣いてた自分が嫌だったけど、家族にも友達にも「全然平気!受験いける!」と強がっていたんです

そんなときにこの歌詞を聞いて、もっと自分の感情に素直になっていいんだってことを思いました

文化祭の後夜祭で、この曲をステージで踊ったこともあり、今でも曲を聞くだけで体が勝手に動き出してしまいます笑

他にも、嵐の曲は耳に残るメロディーはもちろんなんですが、歌詞がいいんですよね

聞いているだけで明るくなって前を向ける(っていうありきたりな言葉しか思い浮かびませんが…)

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受験勉強にのめり込むほど、嵐のめり込む(2012/03)

受験勉強が本格的になっていく中で、楽しみは嵐だけになってきました

1日の中で嵐のドラマやバラエティーを2つだけみるのが受験中のルール

勉強に集中するために嵐の曲も勉強中は聞いてはいけないと、自分の中で決めていました

このときに、自分的な嵐ヒット曲がきました

それが2012年3月7日にリリースされた「ワイルド アット ハート」

今までのナチュラルな感じから、スタンドマイクでギラギラな照明な中で踊るPVは、ファンの中でも話題になり衝撃を与えました

もちろんプラスの方の衝撃です

あのわかりやすくて誰でも踊れるようなダンスを、リリースされてからファンが一瞬で覚えて踊り出したのを、今でも覚えています

英語の単語とか化学の化合物を覚えるのにあれほど苦戦したのに、ワイルドアットハートの振り付けは一瞬で覚えることができました

本当に不思議…全部にこれくらいの記憶力があったら、偏差値あっという間に上がったかもな…

この年も、受験の年でありながら、嵐にどんどんのめり込んでいきました

テスト勉強中だと片付けしたくなったり、前に読んだ漫画をもう一回読みたくなったりすることってありますよね

あれが2年以上続いているようなもんなんです

辛い時はライブDVDを見て、雑誌の言葉を読んで(これが結構やる気につながる)、写真を眺めて

毎日、勉強と嵐をたくさんつめこんでバランスを保っていました

このころ継続的に受験勉強をがんばれたのは、嵐のおかげです

大学生になって嵐ファンだと言えなくなった(2014/04)

熱狂的な嵐オタだった私は、嵐と一緒に受験もなんとか終え、志望していた大学に進むことができました

理系の情報系の学部に進んだ私は、女子校から男子校へ

環境が一気に変わり、人間関係に不安をもっていました

それと同時に

「大学生になったら、嵐大好きなんてあんまり言わない方がいいな」

って思って、口に出すのをやめていました

大学は私にとって大人な人たちが集まる場所です

実際に、大学生になってからもジャニーズでキャーキャーしてるとちょっと幼いというイメージがあります

逆に、邦楽ロックやインストバンドが好きっていうと、なんかセンスいいイメージがつくんです

わかるかな…この感じ

わたしは、ダサいイメージをもたれなくて(大学デビューしたかった…)、嵐好きを隠していました

大学1年生の時に好きって言ってたのは、星野源とNICO Touch the World

いかにも流行りって感じで…笑

バンド好きな友達に「何がおすすめ?オシャレに見えるやつ」ってストレートに聞いていました笑

だから嵐好きってことは、このあと3年生までずっと言えずにいました

友達に嵐好きっていっても、そこまでのオタク感はださないように、軽く軽く言葉を選んでました

その反動?か、一人の時はずっと嵐を聴いたり観てたりしてたし、高校の友達にも連絡してました

「あのドラマ見た!?大野くんのあの表情すごいよくない!3回リピートしちゃった」

みたいに言っても、「わたしは、あのシーン5回だから!」みたいに引かれるよりもむしろ盛り上がることができます

大学だったら引かれるんですよね…

嵐しか聞いてこなかったわたしは、カラオケに行っても歌える曲が嵐の曲しかなくて

しかも歌いやすいのってカップリング曲とかの方が多いんですよね

NA!NA!NA!(きっと大丈夫カップリング)とかDi-Li-Li(We can make it!)とか…

だからそんな曲を入れたらしらけます

空気の重さを変えないように

予約したい気持ちをぐっと抑えて、今やっているドラマの主題歌を歌っていました

そんなふうに、高校生のときにキャーキャーしていた自分をおさえて毎日を過ごしていたので、友達も少なく、結局同じ学部に進んだ高校の同級生の子と一緒にいました

「なんか心開けないよねー」「ねー」

なんて言って、お互いなじめないことを周りの言い訳にして

いろいろ重なり嵐が大好きって言えるようになった(2016/04)

ずっと嵐好きを隠していた日々だったのですが、転機が訪れました

要因は2つあります

  • 研究室に嵐ファンがいた
  • 仲良い子が松潤に猛烈にはまった

1つめは、配属された研究室の男の先輩に嵐ファンがいたことです

男性のファンって本当に少ないんですが、その人は嵐のことが大好きでBGMとしてよく曲を流していました

他の人が聞いていることを恥ずかしげもなく流していて

「あ…この人好きなのを後ろめたいって思ってない」

って衝撃を受けました

 

なんで嵐好きを隠していたんだろう…って、2年間隠していた自分が恥ずかしくなりました

 

もう1つは、仲良い子が松潤にはまったこと

その子は私に星野源とかの存在を教えてくれた子なんですが、ラッキーセブンという松潤が主役のドラマをみて心を射抜かれてしまったのです

松潤が好きになった瞬間に

「やばい…松潤に恋したかも…好きって言ってたよね?おすすめのアルバム全部教えて」

とLINEがきて…笑

 

その子にデンビュー当時から今までで、聞いておいた方がいい曲を順番に教えていきました

それから、嵐のコアな話もできるようになりました

コンサートDVDをオールして見たり、好きな画像を送りあったり…

たった一人の存在でしたが、その子のおかげでかなり心を開けるようになりました

 

たかが嵐、されど嵐

です

 

嵐好きを出していいと思った瞬間に、普通に喋れるようになったんです

どんだけ嵐に縛られてたんだ…笑

 

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大学を卒業してから独立した私の嵐との関係(2018/07)

大学を卒業し、また環境が変わりました

嵐好きの先輩とも友達とも別々の場所で活動し、周りにはほとんど嵐好きな人がいません

でも、もう嵐好きは隠さないようになりました

だれが好きって聞かれたら「嵐です」って答えるし、嵐の話題になれば興奮気味で話します

そうしたほうが自分的に心が軽くいられるんです

好きになって10年経って、ようやく嵐とのうまい距離感をつかむことができました

衝撃の告白・嵐の活動休止を受けて(2018/01/27)

リアルに心臓が止まるかと思いました

ツイッターをいつものように人差し指でふぁーっと流していたら、嵐の文字がふっと目に入りました

そのツイート内容は

「嵐…」

と1文字書いてあっただけ

 

「え!?なんかやらかした!?」

って事件かスキャンダルを起こしたと思ってエゴサをすぐにしました

そしたら

 

「嵐活動休止」

 

という5文字の漢字が並んでいたのです

早く強くなる鼓動、荒くなる呼吸

その数秒後には、目から涙が流れていました

 

きっと、これは何かの間違いだ!ドッキリだ!!!

とっさにそう思ったわたしは、高校生の嵐オタの子に連絡

「ね?嘘だよね?これなんかのドッキリ??」

でも帰ってきた言葉は期待していないものでした

 

「いや、ほんとだよ…私死にそう」

 

縁起でもない…

この子は人生嵐に捧げていた子だから本当に死んでしまいそうな気がしました…

活動休止が嘘ではないことを受け入れてからは、ひたすら記事を読み漁っていました

ジャニーズ公式HP、各種メディア…

コピペしたかと思うくらい同じ内容ばかりでしたが、自分の中で噛み砕いて納得できるまで読みました

でもやっぱり信じられない

なんで!?っていうちょっとした怒りがわいたのも否めません

でもでも、大野担としては、大野くんの気持ちを応援するしかありません

大野くんの気持ちについて大野担が考えてみた

大野くんは記者会見や記事で言っていた

自由な生活がしてみたい

というこの言葉

昔の番組からすべて漁って観ていた私にとって、やっと叶うんだという気持ちになりました

大野くんは昔から、絵や釣りを趣味にしていました

空き時間やオフの日があれば1日中時間も忘れて、趣味に没頭する日があるそうです

ただ魔王あたりから、演技力にスポットがあてられ露出が増えるにつれて、趣味の時間がなくなっていったとバラエティで何度も言ってました

「リーダー、最近釣りしてるの?なんか白くない?」

といじる松潤に対して

「いや〜いけてないんだよね。釣りしてぇ〜」

と冗談交じりに言う大野くん

最近、嵐にしやがれでも

「趣味の時間は、誰にも邪魔されないから好き」

といったようなことも言っていました

大野くんの「自由になりたい」の言葉

これが本心なのはわかるし、この人気絶頂の中で発表したのは本当に勇気あることだと思いました

この20年間くらい、よく嵐を続けてくれたなって思います

Twitterでは「#大野くんの夏休み」というハッシュタグがファンの間での投稿が相次いでます

これを見て、また涙がこぼれてきました

なんて優しいんだろう…

なんて心が広いんだろう…

今回の発表で悲しむファンは多かったものの、最低ー!!みたいに言う人は一人もいませんでした

みんなが大野くんの意見を受け入れ、2020年まで嵐を支えようという気持ちに変わったのです

これは大野くん自身の言葉が本当であることがファンのみんなはわかってるし、記者会見の対応にしろ、ZEROの翔くんのことばにしろ…

嵐の温かみを改めて感じることができたからだと思います

朱に交われば赤くなる

と悪い意味で使われますが、いい意味で嵐のまわりにはこれが起きているなと思いました

嵐にまじわれば優しくなる

語呂悪いけど…なんかこういうことわざがでてきてもいいかもしれないですね!

活動休止が発表されたときは、崖から突き落とされたみたいに心に重力がかかって苦しかったです

でも、大野くんの言葉やファンの温かさに包まれて、2020年まであと2年間全力で応援しようと思えました

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